仮説(仮称)

お前、セガの何知ってんねん

わたしく、ツイキャスで素人のゲーム系ネットラジオなんかやってまして、
まあ、ひとりじゃなくて、相方がいるわけなんですが、
たまにセガの話題になると、
過去のセガに特に思い入れのない相方に
「まあ、セガらしい斜め上(下)の話」みたいな
まとめ方されそうになると僕は焦ってツッコむわけですよ。

「セガらしい、っても昔(ファーストホルダーだった時代)と一緒にしないでね」

今のセガって結構酷い。
ソシャゲの方は儲けてるみたいだけど、それはさておき、
中の統率っていうか、社員の統率もろくに取れてない感がありますな。
ツイッターで自社関連の噂を正式発表待たずにツイートするとか、
過去の自社作品を貶すような事を公式アカウントがツイートするとか、
ユーザーを軽視するようなコメントをする奴とか、
だらしないゲーム業界の中でも多分特に内部的に腐っておるようです。
僕はもう殆ど「クソ」みたいな企業だと思っています。

ただ、もう、自社ハードを持ってた頃のセガと今のセガは違うわけですので、
どうでもいいわけですが。

しかし、ファーストだった頃のセガの過去の遺産を
今、復刻させて食いつぶしたりしているのでなんだかその「違う」というのが
解り難い部分があります。ややこしくしている。
IPがダブっていても中身は違う、んだ、っていう。

「あの頃のセガは…」と一言で言っても、いろんな時期があります。
ドリキャス時代のセガにはいくらセガファンでも
フクザツな感情が生まれることが多かったと思うし、
おおっぴらなシェンムープロジェクトとかどうかと思ってましたしね。

それに、まあ、傍から見りゃ負け犬メーカーなんだろうから、
「ネタにして良いメーカー」なわけです。
言わば「だれでも石を投げてもいいフリー素材」なんだよなぁ。

でも、「それでもさ…」って言いたいわけですよ。
僕の高校時代・大学時代はセガサターンが息巻いてた時代なんで、
その時期に特に思い入れがあります。
もちろん、いろんな問題は抱えておりましたが、
「何処にも出来ない事」をやりながら、「全てを自分の手で作ろうとしてた」メーカー。
当時のキラーIPだったドラクエ・FFが手に入らなかったら、
それに代わるような独自のRPGを作ろうとしてたりしました。
当時、スペックに差があったアーケードの無理移植、ガンガンやってました。
自分のところで特殊な周辺機器も作ってたし。

なんというか、そんな所、もう無いんだよな。

任天堂みたいなお利口かつ頑固でもなく、
SCEみたいなメジャー感出したい出したい欲でもなく、
MSみたいなどっしりした(悪くいやぁ鈍重であるが)感でもなく。

その辺のチャレンジングなセガをすっ飛ばして、
セガの思い入れがない人間の
「いわゆる、セガだから」みたいなのには、ちょっと待てよ、と感じるわけです。

あんたに言われたくない、的な。

…まあ、それは言い過ぎだとしたら、
「経歴の考慮なしでそういう風に言ってんなら間違ってるよ」
と言いたいですね。
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# by ca_setsu | 2014-01-22 20:36

レトロゲームはいつからありがたくなったのか

僕は1977年生まれで現在36歳だ。今年で37歳になる。

最近、よく昔のことを思い返すようになったのだけど、
以前はそんなに古いヴィデオゲームはありがたくなかったなぁと
思い出した。
いや、ありがたがる人は居た、けれど、それはマイノリティだった。
古参ゲーマーのさらにその筋のマニアくらいで、
大多数は「新しいモンの方がいいし、これからどんどん良くなる」
と思っていたと思う。
その証左に今はよくある
「レトロゲーム(8bitハードのゲームなど)の素材をメインに使ったゲーム」
なんてのが多く出てくるのはここ十数年だ。
それ以前、レトロゲームが移植されたとしても、
その時のハードパワーを使ったアレンジモードがメインだったりした。
(そして、そのアレンジモードというのが大体ダサい物が多かったわけだが。)
大体にしてレトロゲームアレンジのゲームも
傍流も傍流で、一部80年台のナムコブランドのゲームは除くとして
「誰がやるねん」という雰囲気で、早めにワゴンセールに流れてたりしていた。
要するに一部の懐古ゲーマーに充てがう名目で生まれたやっつけが多かったのだ。

ナムコブランドのゲームは除くと書いたが、
そのナムコがPSで出したナムコミュージアムだって
わりと「いろいろ束に出してみたからちょっと触って懐かしんでね」くらいのノリだった。
移植度だって完全移植のこだわりのもの、とは言い難い。
その後、DSで出た同じナムコミュージアムが
レトロゲームの移植で評判の高いM2への外注と考えると
同じことをしていても姿勢の違いが見えてくる。
(ナムコから技術力を持ったスタッフがどんどん抜けてたという話もあるが)

「昔はよかった」というのはオッサン(オバサン)の言い草、なのだろうが、
今は僕なんかよりもずっと若い人でもレトロゲームファンというのは多い。
全世代的に同じくらいの時期にレトロゲームファンが増えているのだろう。
新しいものに敏感な年頃の子供だって
喜んでレトロゲームに触れたりするという話はよく聞く。
ブームなどレトロゲームの魅力を伝える媒体が増えたのもあるけれど、
それだけでは説明しきれないと思う。
懐かしい、だけじゃなくて、「レトロゲームはいいものが多い」という認識すらあるわけで。
(それは無論、幻想であるのは間違いない。)

スーパーファミコンが出た時は
もう「ファミコンのゲームなんて古臭い」という認識が大半だっただろう。
「ファミコンなんてもう味気なくて面白くない」とまで
感じることもあった。
実際、味気なく感じるのは事実だったと思う。
音も色味も操作もリッチなスーパーファミコンなどの登場で
ファミコンが薄味に思えてしまったのはしかたない。
再び冷静に見られるようになるのには幾分時間がかかるわけだ。

それはいわゆる「イノベーション的」なものであり、
自然の理であったのだろうけれど、
その後も高スペック、もしくは、新たな仕掛けの持つ新しいゲーム機が
バトン渡しのように登場したわけで、
この理が作用するなら未だに前へ前へ視線が向いているはずなのである。

今のレトロゲームへの回帰傾向(という名のデッドエンド的未来)は
いつまで続くかは解らない。ただもうブームという言葉では片付かない。
この事は、昨今、コンシューマゲームハードについて
「もう新しいのは要らない」という声が上がるのと関係があるのだろうか?
アーケードゲームが廃れていったのと関係があるのだろうか?
つまりは、レトロゲームへの回帰が
すなわちヴィデオゲーム(コンシューマゲーム)の衰退を現しているのか?

答えは簡単に出せるようなものじゃないと僕は思う。
むしろ簡単にペラペラと回答を語るような人間は疑ってかかったほうが良さそうだ。
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# by ca_setsu | 2014-01-17 14:00

Twitterやめてみたら

Twitterを見たりTweetしないようにしてみたら、急に時間が出来てしまって。
急に有効利用できるわけでもないので、
休みだったのにただ寝てみたり、
ウクレレの練習してみたりで、
ぼんやり、ヒマ。

わかってたんだけど、Twitterは楽しい時は楽しいけど、
そこに費やす時間は9割がた無駄なんだよね。
知りたくない情報も知ってしまうし。

今年はTwitterから離れなきゃねーと思います。
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# by ca_setsu | 2014-01-15 01:13

世ズレたクリエイター様に告ぐ。

新年一発目からこんな話もなんですが。

以前、漫画家とか小説家とかそういうクリエイター様が
「ネットで(違法)アップロードされてるやつを読みました!」
みたいな事を面と向かっていってくるファンが居る、とんでもない、
というような話をTwitterでよく見かけたことが有りました。

他のクリエイター様や良識ある一般の方は「そうそう!」みたいな同意をしてました。

そういう話はエスカレートしていって。
次は「図書館で借りて読みました」とか
「ブックオフで買いました」ってやつになりました。

他のクリエイター様や良識ある一般の方はまた「そうそう!」みたいな同意をしていました。

ま、気持ちは解るけどね、本人にお金は入ってこないし、とは思いますけど、
そこまで行くとちょっとフクザツな気分になりました。

図書館は違法?図書館で読んじゃアカンのか?(イカンわけがない)
古本は違法?古本は買ったらイカンのか?
本人の作品を読んだことを本人に言っちゃいかんのか?

まあ、解るんですよ。タダの客が威張るなっつーことですよね。
他の商売でも便所借りてきただけの客が威張るなっつーことありますからね?

ただ、思うんだけど、何処の商売にもあるっていう話ですけど、
例えば、近所の八百屋の親父が
「俺が悪いわけじゃねえのに、買いもしねえ客が『野菜が高い』とか俺に言う。フザケルナ!」
ってキレて話をしているのを、聞きたいかどうか。
聞きたかねえよな。今後、親父の顔色伺いながら買い物しちゃうし。
もしかすると、自分がキレられたわけじゃないのに
なーんか気まずくなってそこの八百屋に行かないようになるかもしれない。
裏で何言われてるかわかんねえしね。

というわけで、そういう事を公言した時点で、
八百屋の親父は自分で自分に損失を作ってる可能性がある。

だから、その業界の外にはあまり漏らさない愚痴っていうのが諸業界にはありますな。
少なくとも名前出し顔出しで絶対言ったらアカン事ってありますよね。

でも、クリエイター様の中にはそれをわりとわかってない感じの人がいる。
世ずれしてる。
(例えば一時の松本人志のような)俺はキレモノやでー!ってやりたい業界が
そういう作り手のそれなのでしょうが。

絵かき、文筆家、漫画家、だけじゃなく、
ゲーム業界の人とか映像業界の人、音楽業界の人とかね。
僕はゲーム好きなんで特に観てるんだろうけど、
ゲーム業界の人とかには簡単に取引先けなしたりする人いるし、もう凄いよね。
社会の常識がないところで培養された人間なのでしょう。
まあ、そいつがアホなのはいいけど、見てて気持ち悪い。

創造的な活動であったとしても、
商業的にやってるんだったら、
「もっと良い伝え方があるはずだよなー」
っていう主張がTwitterとかSNSの中で転がりまくっている。
同業者だけのSNSならいいわいな。
でも、お客さんが観てるところならばもっと考えましょうよ、と。
客の気分を害する事はあんたらにとってマイナスだよ、と。
バカじゃねえんだから。

ま、一般平々凡々な社会人であっても身につけてる常識なんですけどね。
これでうっかりと怒られるのは新人君くらいですよ。
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# by ca_setsu | 2014-01-14 00:31

「かぐや姫の物語」を観た

例の台詞の時、頭の中で

「でも、債務が残っているじゃろう?」

と再生されて、●ディーレ訴えたくなりました…
あのCMは酷いよなぁ…



余談はさておき。

映画「かぐや姫の物語」。
内容は本当に「竹取物語」をキッチリやったものでありました。
変な変化球もありません。
しかし、竹取物語を映画化するのは相当大変なことらしいです。

ただ、そこに血と肉が加わっていて、2時間半の映画になっております。

原作の竹取物語の「かぐや」って、なんかクールなイメージなんですよね。
男を翻弄し、なんか急に月に帰りますっていう、得体のしれない。

だがしかし。この映画のかぐや姫は人間でありました…

なんかねえ、俺、かぐや姫の苦悩が
エヴァンゲリオン(TV版ね)のシンジ君とダブっちゃったんですよね…。
心の欲するところを欲しても、うまくいかない。
その中で悶える。

フェミニズム映画というようなことを言われている本作ですが、
人間の業と、苦難、悲しさ。それでも生きる事の意味、素晴らしさとは。
そこにあるのはフェミニズムというよりも「人間賛歌」でありました。

フェミニズム超えて人間賛歌。
ああ、と思い出すのは片渕須直監督のアニメ映画「アリーテ姫」でありました。

そして、もう一つ、思い浮かべたのは
同じく片渕須直監督の「マイマイ新子と千年の魔法」。
(牛車とかで想起したのもあるけど)

相当近いけど、異なる部分もある、それらの差異を考えたりしました。

というか、竹取物語が「ほぼそのまんま」でこれだけのメッセージ性を持つとは
正直思っていませんでした…。



あと、アニメーション自体も素晴らしかったですね。
一枚一枚、絵になるんじゃないかっていう。
沢山の人がいっぺんに出るシーン(特にクライマックス)は
AKIRA並に鳥肌が立つアニメーションでありました。
最後のスタッフロール見たら、協力アニメーション会社が山ほどで
「日本のアニメ制作会社の総力戦か?」と思いましたね。

これは劇場で観れる時に、まず観ときましょうよ。

「でも、竹取物語でしょ?w」って言ってたら損!
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# by ca_setsu | 2013-12-11 23:26



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